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コラム

ロレックスが自社を成功に導いた背景には?-ロレックスがとった巧みなメディア活用戦略ー

ロレックスは時計業界トップの実力を誇る世界的な時計メーカーです。業界内で最も成功したメーカーと言ってもよいでしょう。そして、ロレックスは日本で普及するよりもっと前から、世界的な成功を収めてきたメーカーです。私たち日本人はロレックスが成功の道を歩んでくるまでの軌跡をあまり知らないでしょう。当たり前のように、優秀な時計メーカーとして受け入れたからです。

ロレックスが成功の地位を確立するまでには様々な背景がありました。そしてその中でも、特にほかのメーカーと差をつけてきたのが巧みなメディア戦略です。

今日からは、ロレックスがこれまでに行ってきたメディア戦略について迫りたいと思います。 

 

 

ロレックスが行った公開実験

 

ロレックスが今の時計業界トップとしての地位を築き上げるまでにいたった成功要素の中でも、3大発明と同一モデルを改良してきたことという内容は以前にお話したかと思います。

それ以外に成功のカギを握った要素として挙げられるのが、巧みにメディアを活用するという戦略でした。ロレックスはメディアをどのように活用し、ここまでのメーカーに上り詰めたのでしょう。それを紐解くカギは1927年の出来事です。

 

1927年10月7日、ロンドンの速記記者メルセデス・グライツ嬢が、イギリスとフランスを隔てたドーバー海峡を泳いで横断するという偉業を達成しました。その際、彼女はロレックスの防水時計オイスターをその手に身に着けていたのです。その写真をご覧になったことがある方もいらっしゃることでしょう。新聞の一面を大きく飾ったこの写真は一躍話題となり、ロレックスのオイスターケースを着用しながらドーバー海峡横断を果たした彼女の偉業がロレックスを世界的に有名なメーカーへと押し上げました

 

しかしながら、ここにはロレックスが行った巧みなメディア活用という戦略がひそんでいたのです。ドーバー海峡を横断した初めての人物はメルセデス・グライツ嬢ではなく、1875年のマシュー・ウェッブです。女性初としては1926年にガートルード・キャロライン・イーダリー嬢が達成しています。タイムもイーダリー嬢の14時間31分に対して、グライツ嬢は15時間15分であり、グライツ嬢のドーバー海峡横断は決して、歴史的な偉業というまでのものではなかったのです。

さらには、ロレックスを身に着けて新聞の一面を代替的に飾ったのは、これを達成してから1か月半後のことでありました。

そこはロレックスがお金を応じて、新聞の一面広告を仕掛け、メディアを巧みに活用したという背景が隠れています。